2018年3月18日日曜日

今更ながら真珠湾でのスピーチ


2016年の年末に安倍総理は真珠湾を訪れ、スピーチを行いました。


一般的には戦勝国と敗戦国の融和として、大きく評価されています。僕の考えとしては、真珠湾訪問そのものは外交的大失態だと考えます。その辺り、いろいろ思う事があるので書き残しておきたいと思います。

前提として僕は安倍政権とその実行している政策は支持できる事がほとんどない、という意見であることだけは特記しておきます。その上で多分今まで誰も指摘していないであろう解釈を書きたいと思います。

今回はその際の安倍総理のスピーチについて。訪問自体は評価しないものの、そのスピーチは意外に面白いところがあるのでは?と思います。

その半年前の5月にオバマ大統領は広島を訪問しました。被爆者と抱擁し、「歴史的な和解」と言われています。原爆という民間人を大量虐殺した明らかに戦争犯罪を軽々と許してしまうのは、僕個人はとても認められないのですが…。まぁその辺りも改めて別の記事で。


スピーチ全文はこちら↓

話題になったのがこの一文
The brave respect the brave.
勇者は、勇者を敬う。
アンブローズ・ビアスの、詩(うた)は言います。
戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。

アンブローズ・ビアスは有名な「悪魔の辞典」を書いた作家です。その作家の残した詩の一節からの引用です。
詩の全文はこちら↓

僕も特別英語も米文学も得意でも詳しくもないし、現代英語と若干違う100年前の文章だし、聖書の知識がないと分からないし…。学のない自分には非常に難しくて、なにか致命的勘違いしてそうなのですが、一生懸命読み解いてみたいと思います。実は意外に安倍総理、なかなかにいい意味で曲者な所があるんじゃないかと考えました。全文訳は僕の力量では無理ですのでご容赦を。理解できた所だけ書きます。

話題になった当時にいろいろ調べていたのですが、この詩は南北戦争の犠牲者についての詩で、南軍の軍人の墓を追悼のため飾ろうとした事を北軍士官のE.S. SALOMONという人物が抗議した、という事を批判する詩です。

全体を通して書かれているのは、故郷のために戦った兵士達を称え、勝者である北軍の「勝てば官軍」な傲慢さを痛烈に批判しています。その中で日米関係に重要な所(と僕がなんとか理解できた所)を訳してみます。



The brave respect the brave. The brave
  Respect the dead; but you -- you draw
  That ancient blade, the ass's jaw,
And shake it o'er a hero's grave.

勇者は勇者に敬意を払う。
勇者は死者に敬意を払う。しかし君は…
ロバの顎、その古の剣を引き抜き、
英雄の墓の上で振るうというのか。


What if the dead whom still you hate
  Were wrong? Are you so surely right?
  We know the issues of the fight --
The sword is but an advocate.

君が死者を未だに憎悪しているなら
死者の何が間違っていたというのか?
君は本当に正しいのか?
我々は戦争の問題を知っており…剣はただ主張する。


The broken light, the shadows wide --
  Behold the battle-field displayed!
  God save the vanquished from the blade,
The victor from the victor's pride.

破れた光、広がる影…この広がる戦場を見よ!
神は敗者を刃から救い、勝者をその傲慢から救う。


If, Salomon, the blessed dew
  That falls upon the Blue and Gray
  Is powerless to wash away
The sin of differing from you,

サロモンよ、青と灰に降り注ぐ祝福された霧が
君とは違う罪を洗い流すには力不足だとしたら


Remember how the flood of years
  Has rolled across the erring slain;
  Remember, too, the cleansing rain
Of widows' and of orphans' tears.

忘れるな、幾年もの洪水が誤った犠牲者をいかに押し流したかを
忘れるな、未亡人と孤児達の浄化する涙の雨を


The dead are dead -- let that atone:
  And though with equal hand we strew
  The blooms on saint and sinner too,
Yet God will know to choose his own.

死者は死によって、その罪を償う事を許さる
しかし我々は聖者にも罪人にも等しく花を咲かせたが、
神は彼自身を選ぶ事を知っている。


The wretch, whate'er his life and lot,
  Who does not love the harmless dead
  With all his heart and all his head --
May God forgive him, I shall not.

恥知らずよ、その人生と運命がいかにあろうとも、
その全ての感情と理性をもって
罪のない死者を愛さないのなら…
たとえ神が許そうとも、私は許さないだろう


"Draw near, ye generous and brave --
  Kneel round this monument and weep
  For one who tried in vain to keep
A flower from a soldier's grave."

"汝寛大で勇敢なものよ、この碑に寄り跪き涙せよ
兵士の墓に花を手向け続ける事を
無為にしようとしたものの為に"


訳には正直全然自信ありません。本当に英語得意ではないので、辞書ひきながら考えましたが、大筋では間違っていないはず。しかし引用しなかった部分にはどう解釈したらいいのか分からないセンテンスも多いです。例えばthe ass's jawはロバの顎だそうで意味不明だったのですが、聖書の一節で、神の祝福を受けた人が振るうとロバの顎すら剣になり敵を薙ぎ払った、みたいな話があるそうです。英語圏の教養が必要なんでしょうね。(米文学得意な方、間違っていたら指摘いただければ、あるいは是非全文訳していただければ、とてもありがたいです)

僕も通り一遍しか知りませんが、さらに前提として、アメリカの南北戦争について知識が必要です。勝者はご存知リンカーンが率いる北軍で奴隷解放をうたい、南軍は奴隷制の維持を主張して内戦となりました。

一見何となく北軍のほうが正当性のある主張のように思えますが、どうやらそうとも限らないそうです。別に奴隷の人権を尊重して奴隷解放を叫んだというよりは、工業化が進んでいた北部にとっては、資産として非流動的な「奴隷」ではなく、流動性のある「労働者」が人手として必要だったのが背景にある、と言われているそうです。さらに付け加えるなら、国内においてはそのような美辞麗句で奴隷解放をうたいながら、その後の歴史的経緯では、帝国主義でもって他国を軍事力で隷属させ、国単位の「奴隷」を生み出していたというアメリカの欺瞞も指摘せねばなりません。勿論言うまでもなく、奴隷解放後も続く酷い人種差別も。

では、この詩を引用した安倍総理が何故したたかで、意外に曲者なのではないかと思わせるのか。ビアスの主張で重要なのは2点、敵味方問わず故郷の為に戦った死者への崇敬の念を持たない事への批判、そして勝者としての傲慢な自己正当化への批判です。

ビアスは北軍兵士の傲慢さを批判し、戦没した南軍兵士の勇気を称えています。これを敗戦国である日本の総理が第二次大戦の戦勝国であるアメリカでスピーチするという事。つまり、敗者である日本(南軍)が勝者であるアメリカ(北軍)の傲慢さを、ビアスの詩を引用することで非難する意味が込められていると解釈可能ではないでしょうか。

「原罪」なんて言葉があるように、人は他者を消費してしか生きられない存在です。僕が明日を生きるためには何者かの「生きる」という正義を消耗することで、ようやく今日を食いつなぐ事がようやくできます。戦争もその最たるもので、敗者の正義を消費することで勝者が生き残る事ができる。

でも! だからといって! 敗者である僕たちがその現状を甘んじて受け入れ、勝者のケツを舐めるような行為を延々何十年も繰り返さなければいけない道理はない。

死者の墓に神の威光を掲げた剣を振るうという勝者の傲慢を批判し、君は本当に正しいのか?と問う。そんな詩を、敗戦国が戦勝国へ突き付けたわけです。表向きは戦没者同士の慰霊と友好を演出しながら、同時に勝者の傲慢(the victor's pride)を批判する、という相当練り込められたスピーチではないか、と推測します。

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