2017年3月9日木曜日

攻殻機動隊 stand alone complex

※ネタバレあり注意 

ストーリーの根幹まで触れています。


今から15年も前2002年頃、攻殻機動隊 stand alone complexというアニメがありました。有名な作品ですので改めて紹介するまでも無いとは思います。ご覧になった方も多いでしょう。素晴らしく名作なので、是非ご覧ください。今回は2nd GIG等の続編には触れずに、1作目のみに絞って書きます。




stand alone complexとは


そのタイトルにもなり作中でもひたすら重要単語としてstand alone complexという言葉が頻出します。コンプレックスというと劣等感という意味の心理学用語(正確には劣等コンプレックスと言うそうです)として、日常的に定着していますが、本来は「複合体」や「複雑な」というような意味をもちます。つまり、

stand alone=孤立 complex=複合体

「孤立した複合体」という、矛盾した意味を内包する言葉です。今回はこの単語の意味について書いていきたいと思います。





笑い男事件


※ネタバレしていくので未見の方は注意してください。

作中でそのstand alone complexが示すものは、「独立した個体同士が、あたかも複合体であるかのように、ある一定、ある一様の動きを行う動態」というニュアンスです。例えば繋がりを持たない不特定多数の個人が示し合わせたかのように同時多発テロを起こすような。

今回はこのSACという言葉の解説に必要な分だけシナリオの概要を触れていきます。

その切っ掛けとなったのは、電脳硬化症という病気の治療薬に「セラノゲノミクス社」の医療用マイクロマシン(極微小なロボット)が厚生省の薬事審議会にて受けた認可の経緯に大きな疑獄があることを、ある天才的ハッカーが偶然知ったことがきっかけです。彼はハッキングの際に使われたロゴマークから、「笑い男」と呼ばれるようになります。

正義感にかられ、その一連の疑獄を暴こうとセラノゲノミクス社社長のセラノ氏本人を、笑い男はそのハッキング技術を駆使して誘拐、直談判し、その真相を公表するように説得しようと議論を試みます。数日に渡り議論が行われるものの、結局はそれに疲れたセラノ氏に、その場限りの口約束をその場で反故にされるという、失敗に終わります。



その失敗と敗北、それから己の無力さと、そこに立ち塞がる「醜悪な社会システム」を前に笑い男は口を閉ざしてしまいます。

そしてその "汚い大人たち" の狡猾さは、笑い男というイレギュラーな存在すら、自分達の集金システムの一部として組み込み、その後に連発する劇場型犯罪と企業テロを仕立て上げ、繰り返し、株価操作や政府補助金といった、大きなお金の還流するスキームを仕立て上げます。

そういった、医療用マイクロマシン疑獄の不正を暴くために起こされた誘拐事件すら、 "汚い大人たち" は「天才ハッカーによる劇場型企業脅迫テロ事件」として、虚像の笑い男を仕立て上げ、さらに世情をかき乱しながら私腹を肥やし続けます。




ドグマからドグマへ


そのセラノ社長誘拐も含め、捏造された一連の笑い男事件は、「わかりそうでわからない謎と、程よいタイミングで供給され続けるセンセーション」な出来事として、世間を賑わし、一過性の笑い男ムーブメントを引き起こし、ひとしきり騒がせた後に終息します。

それから6年後となるアニメ4話、警視総監記者会見場で再び本物の笑い男がその天才的ハッキング技術を見せ記者会見場を乗っ取り、セラノゲノミクスマイクロマシン疑獄の真相を語るように真相を知る警視総監を脅迫します。




そうして一旦は収まっていた笑い男事件が、大きな衝撃とともに再びセンセーションを引き起こします。そしてまたしも "汚い大人たち" は同様に笑い男事件を集金システムとして再利用しようとします。ところが、その大人たちをも予想外な形で、謎の同時多発テロが発生し警視総監暗殺未遂事件が起きます。

「大同! 真実を語れ!」

その暗殺未遂事件で逮捕された彼らには、何らかの団体に所属していたり、思想的共通性、宗教的共通性、あるいはリーダーが存在するわけでもなく、何も繋がりを持たないスタンドアローンな犯人たちでした。にもかかわらず、彼らは申し合わせたかのように同時多発テロを起こします。そんな繋がりをもたない複合体を「stand alone complex」と作中では呼ばれます。


彼らはそのマイクロマシン疑獄の真相など一切知らず、笑い男の主張していた事の本当の目的など理解するべくもありません。ただただ「笑い男」というネット上の偶像としてシンボライズされた存在の発言に影響されて、テロを起こしたに過ぎませんでした。警視総監の警備にあたっていた警官自身が発砲し直接危害を加えたり、一連の事象を一切理解していないただの老人までもがSAC現象を起こし、暗殺未遂現場へと無為にあつまる程の大規模なものでした。

真相を何も知らず、故に本当の動機もない、「動機なき第三者」にしか過ぎない人々が、そういった大事件を引き起こす。6年前の「劇場型企業テロを起こす笑い男とそのムーブメント」というドグマから、「真実を希求し社会悪を暴く笑い男とそのムーブメント」というドグマへとSAC現象が連鎖していく。そういった動機なき第三者達の愚かな大衆性が如実に表現されます。




SACと大衆性


真実を知らず、動機も持たず、第三者にすぎない、ごくただの一般人。作中で表される「大衆人」のそのさま(物語の後半にはその反対側として、「動機ある他者」へ伝播していく正の側面のSAC現象も描かれます。それはまた改めて。)

このstand alone complexは、その意味を理解すれば、かなり批判的なニュアンスが含まれている事がわかると思います。笑い男がセラノ社長を誘拐したり警視総監を脅迫したことには、ある一面の正義があります(もちろん犯罪行為ではありますよ)。

しかしSAC現象を起こした一般人たちはただの愚かな大衆人でしかありません。偶像の発言に触発され、その真相をなんら理解せずに、ただただ暴走し、義憤という名の盲目で独善的な妄執に駆られ、暗殺テロなどという大事件を引き起こしたものです。

そういったstand alone complexという単語の持つ批判的なニュアンスを踏まえた上で、是非この作品をご覧頂きたく思います。この作品はエンターテイメントとしても超一級の面白さであり、同時に社会批評性のある作品としても非常に重要な作品だと思います。

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